豊中市による東日本大震災復興支援豊中プロジェクトの活動報告の基調講演
「3・11 東日本大震災・・・陸前高田の今」
~陸前高田市の被災状況と今、そしてこれから~
と題しての講演は豊中市立アクア文化ホールにて行われた。
2月の選挙で市長になり、一月後の震災。
自らも奥様を亡くされ、無事だった二人の子供たちと共に頑張っておられる。
その話は多岐に渡り、時に笑いもありながら、しかし心が痛み涙なしでおられようか。
中央政治家たちと法律のしがらみを怒っておられた。
市役所に来て市長と写真を撮って、「では」と帰った議員さんも多かったとか。
そして、テレビで「陸前高田に行ってきました」だって。
なんじゃこりゃの数々を・・・・
本当に恥ずかしい政治家たちが聞くべき講演です。
それも今じゃ無駄かな?
シンガポールから7億円の寄付の申し出があったそうです。
なぜ?
シンガポールが日本に寄付の申し出をしたら返事がないので直接に・・・
受領調印式に「出席させて」?外務省
日本は外国からの寄付を受け取っていないってホント?
困っているときはお互い様やのにプライド?
店が一軒もない「では、スーパーを開きましょう。高台に」
「そこは農地です、営業はいけません」?農林水産省?
ガソリンがようやく届いたがガソリンスタンドがない。
「では、危険だから、自衛隊が手伝いましょう」
「経済産業省が届けたガソリンを防衛庁の自衛隊がいれてはいけません」?経済産業省
家を再建できない人も多く、広い土地がありません。
「では、高台の山を整備して集合住宅を建てましょう。」
「広域開発に抵触します、いけません。」?国交省
「住宅は高台に建てましょう」
「埋蔵文化財の調査が済んでないのでいけません」?文化庁
1000年に一度の未曾有といいながら、どうして臨機応変に対応できないのか?
やはり、地方から声をあげて変えていかなければいけない。
例えば、救援物資にしても、男は女性の必要とするところに気がつかないのと同じように、同じ目線で考えられる、地元が地元を考えていける国にならないといけない。
これからの陸前高田。
陸前高田は全部失った、ゼロから美しい街を作る。
老いたら住みたいところ、行けば安らぐところ、すなわち、住んでいる住民が住み易い全く新しい街つくりに全力を傾ける。
障害がある、老いている、若い、そんなくくりの必要のない街を作る。
大きな声ではつらつとして、キラキラと・・・
「ああ、こんな人がたくさんいる、日本はまだ諦めなくてもいい。」
私が元気づけられ、励まされ、何より希望が湧いたとこ。
「ありがとうございます」とお礼を言われたけれど、こちらこそありがとうございました。
たったこれだけではないもっともっとお話しされたのです。
拙くて申し訳ありません。
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